太陽が沈み、視界が目の前の数メートルに絞られたとき、山は日中とはまったく異なる表情を見せ始める。夜の暗闇を「もうひとつの世界」へと変える光の存在と、五感で駆け抜けるランナーの物語。世界中の過酷なレースに挑み続ける宮﨑喜美乃さんによるエッセイをお届けします。

昼から夜へ変わる時間が好きだ。
山頂近くまで登り、沈んでいく夕日を眺める。空はオレンジから紫へ、そして深い藍色へと変わっていく。この時間を見るために、山へ来ていると言ってもいい。だから私のトレーニングでは、帰り道が夜になることが多い。街の灯りが少しずつ浮かび上がり、気づけば足元も見えないほど暗くなっている。ヘッドランプをつける頃には、昼とはまったく違う山が現れる。
100マイルレースでは、夜になると小さな駆け引きがある。「そろそろライト点ける?」そんな空気が流れ始め、前の選手がヘッドランプを点けると、私は「もう少しだけ」と、点けずに粘る。もちろん、早く点けたほうがいいに決まっている。それでも、「私はまだ見える」と、少しだけ勝ち誇った気持ちになる。冷静に考えると、本当にくだらないと思う。でも、そんな子どもみたいな意地を張る夜の時間が好きだ。

本当に夜が面白くなるのは、その先だ。昼の山では、目が忙しい。景色を追いかけ、遠くの稜線を眺め、次のピークを探す。でも夜になると、それができなくなる。暗くなるほど、世界は小さくなり、ヘッドランプが照らす数メートルだけが、自分の世界になる。すると不思議なことに、今まで気づかなかったものを感じ取れるようになる。沢の音、風が木々を揺らす気配、湿った土の匂い、動物の動く音。主役は目から五感へと移っていく。
最初から夜が好きだったわけではない。むしろ、夜走ることが苦手だった。ヘッドランプが照らす数メートル先しか見えない世界では、不安のほうが大きかった。そんな私を変えたのは、とある100マイルレースの真夜中だった。後ろから、ひとつの光が近づいてくる。追いつかれる。そう思った瞬間、「負けたくない」という気持ちだけが身体を動かした。ペースを上げる。後ろの光は消えない。さらに上げる。静かな山の中で、言葉のない光と光の駆け引きが続いた。いつしか怖さは消え、夢中で夜を走っていた。途中でヘッドランプを消し、月明かりだけで走ってみた。音を聞き、地面を感じる。まるで夜の動物になったような感覚だった。暗闇は視界を奪う代わりに、私の感覚を研ぎ澄ませてくれた。

街の夜遊びにはネオンが必要だが、私の夜遊びには、ヘッドランプひとつあればいい。そんな夜遊びが好きになったのは、大人になってからだ。思い返せば、子どもの頃から「夜更かし」という言葉には、少し特別な響きがあった。「早く寝なさい」。そう言われても、布団の中で懐中電灯を点けて本を読んでいた。みんなが寝静まった時間には、昼とは違う世界があるような気がしていた。そして今、その頃より少しだけスケールの大きな夜更かしをしている。ヘッドランプをつけて山へ入り、夜を越えて朝を迎える。
英語には、「Night Owl」という言葉がある。直訳すると「夜のフクロウ」だが、「夜更かしをする人」という意味でも使われる。私はこの言葉が好きだ。でも私にとっての「Night Owl」は、ただ夜更かしをする人ではない。夜を楽しめる人。だから今日も私は、ヘッドランプを手に取り、夕暮れを待っている。

夜を照らすパートナー

ロングトレイルレースでヘッドランプを選ぶとき、明るさと同じくらい大切にしているのが装着感です。『スイフトRL』は極細のヘッドバンドに変わり、頭への圧迫感が少なく、走りながら調整しやすくなりました。標高や天候、長時間の運動によって、締め付けの感じ方は変化します。そのたびに細かく調整でき、頭の蒸れも抑えられることは、夜通し走るレースでは大きなメリットです。
「リアクティブライティング」モードでは、周囲の状況に合わせて明るさが自動で変わるため、操作に気を取られず、自分の走りに集中できます。最大1200ルーメンの明るさだけでなく、長い夜を快適に走り続けるための工夫が詰まったヘッドランプです。

宮﨑喜美乃
1988年生まれ / プロウルトラトレイルランナー
大学院時代に専攻した登山の運動生理学をきっかけに山の世界に魅了される。プロスキーヤー・冒険家の三浦雄一郎が代表を務めるミウラ・ドルフィンズの低酸素トレーナーとして登山者に向けた高山病予防のための低酸素トレーニング指導を行いながら、自らの実践データを収集・分析し、世界の100マイルレースの頂点を目指す。直近では、2025年2月にニュージランドで開催されたTarawera by UTMB(162km)にて優勝を果たす。