アイスクライマー・マルクスの情熱

アイスクライミングでの深刻な事故から8年、マルクス・ホフバウアーは氷壁に戻る選択をした。彼を駆り立てるのは抵抗ではなく、情熱だ。勇気と苦痛、そして片手であっても登り続ける不屈の意志についてのストーリーです。

ペツルの映像化プロジェクトにおけるマルクス・ホフバウアーへのインタビュー

「名前はマルクス。43歳です。8年前、アイスクライミングで深刻な事故に遭いました。身体的にはかなり制限されてはいますが、それでもアイスクライマーです。」

当時起きたことを具体的におしえてください。

「ちょうど8年前の昨日(インタビューの日付は、2025年11月25日)、私は2人の友人と登っていました。事故が起きて、30メートルの高さがある氷柱が崩落しました。リードで登っていたクライマーは、約80メートル落下し、残念ながら命を落としました。私は彼をビレイしており、その氷柱のちょうど真正面に立っていました。冷蔵庫ほどの大きさの氷塊が私を直撃し、甚大な怪我をしました。肋骨10本の骨折、骨盤の粉砕骨折、腕の重度骨折、その他多数の負傷を負いました。」

リスクとはどのように向き合ってきましたか?

「クライミング、特にアイスクライミングは、社会からは自殺行為と見なされることもありますが、実際は違います。氷瀑を評価する明確な基準が存在し、危険度が高いルートとそうでないルートが存在します。それでも、リスクは常に付きまといます。間違った場所に間違ったタイミングでいれば、命を奪われることもあります。山で死ぬこと自体は怖くありませんでした。死ぬのは簡単で、せいぜい2、3秒のことです。でも、私のように生き延びることは、難しいと感じます。残りの人生を、起きた出来事と向き合い、自分の身体と向き合い、自分に対する社会の扱いとも向き合いながら過ごすことになります。オーストリアには十分なケアがあるので、やっていけますが、障害は単に自分を制限するだけでなく、他人の自分に対する接し方までも制限します。そしてそれは往々にして、身体的な困難よりもずっと厳しいものです。」

事故を受け入れることはできましたか?

「選択肢なんてありません。厳しい制限があり、時々、あれやこれがもう少しうまく動けばいいのにと思います。片手が欠けていることは見ればわかりますが、本当の問題は見えません。私は重度の内臓損傷を負い、それ以来、多くのことが耐えられない身体になりました。誰にも見えない部分ですが、それが日常を形作っています。」

それでもアイスクライミングをするのはなぜですか?

「難しい質問です。正直なところ、自分でもわかりません。でも、このスポーツに心血を注いできましたし、アイスクライミングは、私がいつも変わらずに愛してきたほとんど唯一のものでした。技術が求められ、自らを守り、氷を判断し、あらゆる判断を自分で行う必要があります。いつも北面の寒くて過酷な、本当なら誰もいたくないような場所にいますが、それこそがなぜかこのスポーツの魅力でした。毎日、登るたびに新たな発見があります。水が作り出す形や質感は本当に神秘的です。雪と氷は僕にとって、魔法のような存在です。そして『情熱(Passion)』という言葉は、苦痛に由来します。僕のような事故に遭うと、その情熱の裏側が見えてきます。自然は信じられないほど美しいですが、同時に信じられないほど残酷でもあり、時として、その代償は極めて高いものとなります。」

それでもできることを誰かに示したい?

「それが理由ではありません。自分のためにやっています。あの事故で情熱は消えませんでした。今でも氷という物質そのものに魅了されていて、それが自分には合っています。自分での怪我でロッククライミングは難しいですが、意外にもアイスクライミングはうまくできます。特に、ペツルの特製アイスアックスを使えば。これでまた登ることができます。制限は確かにありますが、他のスポーツよりはるかに少ない。それが私を突き動かしています。」

アイスアックスの特別なところは?

「主な違いは上部のグリップです。通常より長くしてもらったので、切断肢をぴったり収められます。ハンドルの他の部分は通常のものと同じですが、下部にループを付けて、上部のグリップを使わない時に引っかけられるようにしました。このおかげでアイスアックスを安定させられ、以前よりずっと安全になりました。旧モデルの上部グリップは小さすぎて不安定でしたが、今では小さなフッキングや難しい氷の処理まで、再びできるようになりました。以前は考えられなかったことです。」

アイスアックスはどこで入手しましたか?

「去年、同じように片手で登るモーリン・ベックの動画を見て、自分も同じものがほしいと思いました。ペツルは彼女のためにその設計をしていたので、自分もしてほしいと。ペツルは、親切にも自分にも作って、送ってくれました。」

開封した時の気分をおしえてください。

「素晴らしかったです。最初は想像したように使えるか疑問でしたが、実際は想像以上でした。私にとって大きな前進で、また楽しめるようになりました。」

事故のことはまだ思い出しますか?

「毎日です。目が覚めると足が痛むし、どこかは必ず痛みます。日常生活ではどうにかしていますが、アイスクライミング中は精神面で舞い戻ってきます。自分が死にかけた時と同じような場所に立っているので、それを乗り越えるには努力が必要です。最初のルートはたいてい散々なものですが、一度感覚を取り戻せば、また純粋な喜びに変わります。」

山との関係に変化はありますか?

「特にはありません。このアクティビティに危険が伴うことは常に自覚していました。山岳事故の統計が全てを物語っています。万全を期しても、時と場所を誤れば命取りになります。客観的な残留リスクは常に存在します。愚かな過ちを犯さぬよう、他人を指導することはできても、リスクを完全に排除することはできません。そしてそれこそが、私をとらえたのです。単純かつ明快です。」

事故が起きた日に特別な意味を感じますか?

「はい、今でも胸に迫るものがあります。フローのためにろうそくを灯すのも、その一部です。特に、氷の前に立つ時につらく感じます。時々自分に言い聞かせます。簡単なことだけやって、残りは放っておけって。でも、それでは自分ではない。クライマーのあり方ではありません。挑戦こそが自分たちを定義するんです。今ここで止めたら、あの事故で死んだも同然です。私はまだ生きている。だから生きたい。障害を持つ者にとって、外に出て行動し、前進し続けている実感を得ることが何よりも大切です。人生を最大限に生きること、それが私の原動力です。家のソファで過ごすことではありません。」